名古屋市上下水道局

御嶽海関にインタビューを行いました!

最終更新日:2022年10月31日

名古屋市上下水道事業110周年の期間に合わせて、令和4年度から令和6年度の間、 木曽川流域の長野県木曽郡上松町出身の御嶽海関「木曽川○なごやの水応援大使」(「○」は大相撲の白星を表現しています。)に就任していただいています。
このたび、応援大使の御嶽海関へ
インタビューを行い 、故郷の上松町、御嶽山への思いや、木曽川での思い出のほか、名古屋への思い、なごやの上下水道について語っていただきました。
御嶽海関の人柄がよく分かるインタビューの内容を、以下に掲載します!

【御嶽海関インタビュ-
インタビュア-:橋本美穂さん(フリーアナウンサー。ZIP-FM『HEADLINE NEWS』『WEATHER INFORMATION』などで活躍)
御嶽海関と橋本アナウンサー

―はじめまして橋本と申します。よろしくお願いします。御嶽海関には、今年6月に木曽三川の流域連携となごやの水道・下水道の広報をお手伝いいただくため「木曽川〇なごやの水応援大使」に就任していただきました。今日は木曽川から名古屋まで水でつながっているということで、上流からお話を伺いたいと思います。ご出身は、長野県上松町で、寝覚めの床があるところですよね。岩の上に寝転がれるということで、大好きで何度か行ったことがあります。
御嶽海関:寝覚めの床は有名な景勝地で、幼稚園か小学校の遠足で必ず行く場所です。高校卒業してからも、ふらっと行きたくなるところですね。

―パワースポット的な場所なのでしょうか。
御嶽海関:そういうのではないと思いますけど、近いですし、ただふらっと。平らなところでうつ伏せになって寝ころびますね。

―うつ伏せですか。エネルギーがチャージできそうですね。
御嶽海関:上向きはちょっと怖いので、基本うつ伏せです。エネルギーは、お腹から入れないと。

―名古屋までつながっている木曽川ですが、ご出身の上松町はどのようなところですか。
御嶽海関:久しぶりに特急「しなの」で名古屋から木曽福島まで帰る時に、車窓から景色を見ていると、こんなに谷深いところだったかと、すごいところに電車が通っていると気づきます。右側に山があり、左側も山、両方見ても山、僕の実家も360°山に囲まれています。長野にいた時は気づかなかったのですが、東京へ出てきて、空気がこんなに綺麗で夜がこんなに気持ちいいのかということが分かりました。

―改めてふるさとの谷深さを知ることができるのですね。
御嶽海関:木曽川は谷深く、激流のところが多いです。暇がある時は行きますし、みんな木曽川で釣りをしています。ふらっと行ける遊び場でしたね。

―帰郷すると懐かしいと思いだすこともありますか。
御嶽海関:最近コロナで帰ってないですけど、帰ると木曽川に降りられるところに行って、懐かしさを感じています。

―木曽川で育ったのですね。昔の友達とも木曽川で集まるのですか。
御嶽海関:集合は「いつものところで」と、ただしゃべっているだけですけど、時間経つのが早いですね。

―そこに行くと子供心に戻る感じですね。本当に良いところですね。上松町観光サイトを見ると、上松日記、観光スポット、アクセス、御嶽海とあり、御嶽海関は名物ですね。御嶽海関は上松から生まれた偉大な人になっています。
御嶽海関:僕出ていますか。偉大な人になっていますか。

―名古屋場所などで町を挙げて総出で応援に来られるとのことでも、偉大な人になりかけていますよ。
御嶽海関:上松は熱い人が多いかなと。谷深いだけあって愛情もすごく深いです。
故郷を語る御嶽海関

―いい言葉ですね。谷の深さと愛の深さはイコールということですね。
御嶽海関:イコールだと思いますね。悪い時もあれば良い時もいっぱいありますし、それでもやっぱり離れていかないのが上松の人ですね。

―上松町観光サイトを見ていても決して褒めすぎない、時には厳しいことも書かれています。でも、そこには愛情、心から応援しているという気持ちが伝わってきます。今までの戦歴や感想が載っていて、歴史本、伝記みたいになっているので、そのまま本になりそうです。皆さんの愛情の深さを感じます。木曽川の水で育った御嶽海関は、小さい頃から大きかったと聞いています、何を食べて大きくなったのですか。
御嶽海関:普通の方と一緒の食べ物ですが、量は多く、食欲旺盛でした。東京に出てきて、イワナなど川魚の価格がすごく高くて驚きましたね。地元では、綺麗な木曽川で取ってきたイワナやアユなどの川魚をただで食べていたのに、東京へ来たら価格が高くて中々食べられないですね。

―東京では川魚は高級品ですね。鮎は名古屋でも高いですよ。
御嶽海関:木曽川で育った者からすると、川魚を高く買ってもらうのはすごく嬉しいですけど、旬な時期にはやっぱり食べたいと思います。地元では、時期になったら、朝、夜に川魚という日も多かったです。親父が、肉は鶏肉しか食べられなくて、自然と魚が多かったです。

―骨ごと全部食べる感じですか。食べたあと何が残っていますか。
御嶽海関:頭から食べます。食べた後は塩と魚の破片が少しあるくらいです。東京で、頭からボリボリ食べると、みんなが「食べれるの。」って言うから、「1回やってみて」って言っても、みんな慣れてないから「すごい固くて口痛い」って言いますね。僕はずっと小さい頃からやっているので「おいしさあるでしょ」と思うんですけどね。ただ、最近食べた時には頭から食べられなかったんです。

―それは東京の子になっちゃったっていうことですか。
御嶽海関:食べたいけど、ちょっと抵抗がでてきました。子供の頃、虫に触れることができていたのに、大人になって触れられなくなるみたいな、そういう感覚なのかなと。

―自然豊かなところで、川魚の他によく召し上がっていたものはありますか。
御嶽海関:木曽川にある“霧しなそば”です。打ったりはしてないですけど、蕎麦屋も多いですね。

―蕎麦と魚で、こんなに大きくなられたんですね。健康そうですね。
御嶽海関:健康ですね。あと、米ですよね。米めちゃくちゃ食べていました。
楽しく語る御嶽海関

―毎日、相当炊いたでしょうね。
御嶽海関:1食6合ぐらい炊いていたと思います。3人家族で、親父は食う方なんで1合、お母さんは半合ぐらいですね。

―水も綺麗だから、ご飯も美味しいんじゃないですか。水はどうしていましたか。
御嶽海関:実家の時はペットボトルで水を買ったことないです。家では水道、喉乾いたら学校で蛇口ひねるとそのまま水が出て飲んでいました。学校で買うのはジュースくらいでしたね。

―普通においしいですよね。
御嶽海関:まずいと思ったことなんかないですね。

―御嶽海関のお名前の由来の御嶽山は、住んでいたところからよく見えるのですか。
御嶽海関:家からは駒ヶ岳というところが見えるんですけど、御嶽山は見えないです。長野県民は、中学生で登山しました。

―中学生で登山というプログラムがあるんですね。
御嶽海関:僕は小学校が上松町でしたが、中学校からは隣の木曽福島の福島中学校に行きました。上松中学校の場合は駒ケ岳で、福島中学校だったから御嶽山に登りました。

―御嶽山の方がきつくないですか。
御嶽海関:きついです。同級生と二人して登るのが遅くて、最初先頭で歩いて、頂上付近まで行くと最後になっていました。また僕は雨男なんです。登っている時、雨は降っていなかったんですけど、すごい霧で、頂上の泊まる山小屋に着いたとき、土砂降りの雨だったんですよ。朝起きて、御来光を見るにも、雨は上がってたんですけど、どの道行くんだっていうぐらい霧が深かったです。朝の出発は、相撲部と体力の少ない子と3人で、1時間前に出ないといけませんでした。みんなで移動すると遅れてはいけないという気持ちがプレッシャーとなるため、少人数で動いて登山って楽しくなるよねと言われて頑張ったら、最後に終わってみれば、そうなったなあと、良い思い出になりました。御嶽山で一番の思い出ですね。

―名古屋からは御嶽山の四季の移り変わりがよく見えます。御嶽山に雪がかかると、冬があそこの町とか村に来ているんだなあと、ちょうど見える場所にあるんですね。勇ましい山っていう感じがしますがいかがですか。
御嶽海関:富士山と違って、木曽の山って台形みたいな感じですから、ずっしりとした重みのある山だと思います。

―その御嶽山がそのまま四股名になっているのですね。
御嶽海関:そうですね。考えた師匠はすごいと思います。

―師匠が名前を付けてくださったんですか。
御嶽海関:最初、師匠が考えてくれて「御嶽海」って言われて、“みたけうみ?はてな”でしたね。御嶽山の山をとって海にしたとのことですが、聞きなれないとずっと思っていると、師匠が名前は自分で大きくするものだし、呼ばれるようになればしっくりくるから、と言われました。学生の頃から大道君だったんですが、御嶽海って言われ始めて少ししたら、自分の中ではしっくりきました。これ以外なかったと。師匠はそれ一択でしたけれど、つけるにあたってうちの親父とかの案も2,3個出ていましたが、今思うと合わないなと、御嶽海しか合わないと思います。

―御嶽を「みたけ」というセンスがすごいし、かっこいいですね。その分、御嶽山を背負っているような名前によるプレッシャーはありますか。
御嶽海関:地元の人からしてみたら僕が背負っているみたいになっていますけど、僕が乗っかっている感じです。でも、本当にその思いっていうのは長野県を代表する山なので、それを背負って、良いプレッシャーです。

―私たち名古屋市民にとって御嶽山ってすごく遠いけど身近でいろいろなものを感じさせてくれるので、御嶽海という名前が登場した時に、地元の人が誕生したんだなという感じがしました。
御嶽海関:東京に御岳山(みたけやま)って山があるんですよ。僕も言われるまで全然知らなかったんですけど、東京の八王子とか山梨寄りの人は東京出身の子がいるんだと思っていたようです。長野県、中部地方のみでなく、東京の人にも身近に覚えてもらって、すごい嬉しいですね。

―御嶽山から流れ出る木曽川沿いの自治体みんなが身近に感じて応援したくなるそういう存在ですよね。
御嶽海関:そうですね。ありがたいところに生まれたと思っています。

―御嶽山で湧き出た水は、上松、寝覚めの床も通って、名古屋まで流れています。私たちも名古屋のじゃ口をひねると木曽川の水が流れてくるくらいの感じですけれど、名古屋で何回か優勝もされていて、私たちと水が合う場所じゃないかなと思っています。
御嶽海関:合いますね。名古屋は、地元で相撲をとっているようで本当に験がよく、しっくりきます。水でこんなにもつながっている。また中学2年生の時に、犬山中学校と交流がありました。今、名古屋場所での宿舎が犬山なので、すごい縁だと思います。犬山宿舎の前に木曽川があって、名古屋市の取水口がある。プロになってからも、水でここまでつながっているのかと意識していました。

―名古屋場所で二回優勝されていらっしゃいますね。
御嶽海関:験はいいですね。新十両と幕の内最高優勝のときと二回だから、自分に合っているとしか言いようがないです。

―名古屋場所では、会場の外に出たところに金シャチ横丁がありますが、行かれたことはありますか。金シャチ横丁に今年の名古屋場所の時に御嶽海関の等身大パネルが展示されていましたが、反響はありましたか。
御嶽海関:金シャチ横丁は、行ったことありますよ。等身大パネルは反響ありましたね。相撲を知らない人でも、ツイッターやインスタグラムに載せてくれて、応援大使として貢献できたかなと思います。名古屋に知人がいて、絶対いじられると思って等身大パネルのことを言っていなかったら、いきなりテレビ電話で「今名古屋にいますか。」って、「いや、僕東京のマンションにいますよ」って言ったら、「あれ俺が見てるの御嶽海さんじゃないのか」とか言うんですよ。「それやめて。今すぐその場から立ち去って」って言いましたよ。
等身大パネル(金シャチ横丁義直ゾーン)

等身大パネル(金シャチ横丁宗春ゾーン)

―やっぱり等身大というのも迫力がありましたし、金シャチ横丁の雰囲気にもすごく合っていました。その金シャチ横丁で食事されたりしたことはありますか。
御嶽海関:名古屋場所の時に食事したこともあります。名古屋の親戚と遊びに行った時に食べましたね。

―好きな名古屋めしとかはありますか。
御嶽海関:名古屋に行ったら、パスタとか鰻食べちゃいますね。土手煮も米と酒に合いますので大好きですね。

―名古屋の水道をつめた缶「名水」は、去年飲んでいただいたということですが、水の感想を覚えてらっしゃいますか。もう1回良かったら召し上がっていただいて伺ってもいいですか?これは名古屋の水道水、つまり木曽川の水ということですね。
名水を飲む御嶽海関

(名水飲んでいただく)
御嶽海関:本当においしいです。木曽が詰まっていますね。

―水がうまいなあと思うと、力になったりとかしますか。
御嶽海関:力になります。もともと水が好きで、ジュースはあまり飲まないです。料理は、絶対水じゃないですか。だからきれいな水で米を炊くとつやが違うんです。

―「名水」でお米を炊いていただければ、今日のご飯も美味しいかもしれませんね。やっぱり木曽川〇なごやの水応援大使ですね。水の違いが分かる男ですね。名古屋市民は、その木曽川から流れてくる水を、水道水として使っていて、ご飯を作ったり、生活で使ったりして、その水は汚水になっていくんですよね。その汚水は、下水道に行くんですよね。そのなごやの下水道が令和4年度に110周年を迎えます。
御嶽海関:名古屋の下水処理場に社会科見学で行ったことがあります。下水道は絶対なくてはならない存在になってきていますよね。生活の基盤ですよね。それはただ僕たちが水を上から流してそのまま下に来た時に、そのままだったらまちも人間も汚れちゃいますから、それをちゃんと処理してくれるところで、やっぱり感謝しなければいけないです。一番感謝したいところです。

―見えないところですからね。そういった水が海に流れて、そこから蒸発して山に雨が降って、木曽川の水が美味しくいただけるためには、このような施設が必要ですよね。
御嶽海関:必要ですよね。今、地球温暖化などいろいろな問題が起きていますけど、何が大事かということを、もう一回改めないといけないと思いますね。全部このような施設に頼れるわけじゃないし、なぜ雨が普段降らない時期に降っているのか、それはやっぱり気温がおかしくなっているからだと思います。ではどうすればよいのか皆さん考えているのですよね。やっぱり一人一人がもっと意識していくことが重要だと思います。僕も高校の時は森林環境学科だったのですけど、こうした問題に興味ありますね。
環境への想いを語る御嶽海関

―応援大使として本当に適任だと思います。お名前も御嶽海の御嶽と海ですし。
御嶽海関:山と海をくっつけちゃってますからね。

―まさしく上下水道、上と下をくっつける。それは人をつなげる名前にもなって、人を潤す名前にもなって、環境とか、人を幸せにする。すごいお名前ですね。
御嶽海関:偉大ですね。

―すごい偉大なお名前です。今回の「木曽川〇なごやの水応援大使」にぴったりですよね。ところで、地元長野県は海なし県ですが、海に行かれたりしますか。
御嶽海関:愛知県の海に潮干狩りに行きました。松本より北は新潟の海に行く人が多いですね。プロになってからも、僕は海が大好きで知多の方のバーベキューできる所にいきました。初優勝する前の年だったか、大きいレンタカーでみんなで朝早くから行って、海に入りました。でも汚いんですよね。

―海は川とは違いますか。
御嶽海関:本当は地元の川入りたいと思いますよね。でも海には海の良いところがあってああゆう広いところが好きなので、山ばっかりずっと見てきたから、ないものねだりですかね。

―やっぱり川が懐かしく、戻るところは川と山といったところでしょうか。
御嶽海関:癒しとなりますので、そこですかね。海は行くとすごく楽しいですが、潮風でどっと疲れるんです。山とか川はリフレッシュした感覚になります。

―元気がチャージできるのは川なんですね.
御嶽海関:(部屋では)僕ともう一人が岐阜県です。他のみんなは海がある県の人で、海が身近だと、逆に山を身近に感じていないから、みんな山にキャンプしに行きたいんですよね。僕たち海なし県は、海に行って、ホテルに泊まったりバーベキューなどがしたいです。山で「きゃあきゃあ」やりたい、それなら実家でよくない?ということですね。

―上流か下流かという違いはありますけど、川も山も水がある。ありがとうございます。いろんなお話を、水を通して聞かせていただいて、いろいろな想いだとか、どうやって今のここまで来られたのかっていうことがすごくよく分かりました。あと優しさと強さとを両方感じさせていただけて、どれだけでもお話を聞きたいくらいですけれど、そろそろ締めくくりということで、「木曽川○なごやの水応援大使」について110周年の期間として今年度からの3年を受けていただきました。名古屋の人達に是非意気込み、想いをお聞かせいただいてよろしいでしょうか。
御嶽海関:名古屋場所もあって、ずっと関わっていられる離れない地域です。名古屋の人達も本当に地元と一緒の感覚ですので、落ち着ける場所でもあるので、名古屋に帰ってくると僕の力になる。名古屋と長野はつながっていて、切れない関係ですので恩返ししたいです。応援大使になったからには、水をもっと飲んで欲しいのは当たり前ですけど、水というのはどれくらい大事なのかをもっと知ってほしいです。日本は水というのはあって当たり前になっていますが、当たり前が当たり前じゃないことがいっぱいある。なおさら木曽、名古屋に水があることが、ありがたいことです。それをもっと大事にしてもらいたいです。僕も大事にしていきたいなと思います。川が汚れていたら、心も未来も汚れてしまいます。心を綺麗にするには川もきれいにして欲しいなと思います。

―本当におっしゃる通りですね。とてもいい言葉で、すごくしっくりきました。ありがとうございます。これからも私たちも地元として心から応援しております。また名古屋場所でお待ちしております。今日はお忙しいところありがとうございました。
お二人で記念撮影

(インタビューは令和4年10月4日(火曜日)、撮影時以外はマスクを着用し、換気を徹底するなど感染症予防に配慮して行いました)







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