大正(下水道)
最終更新日:2022年05月02日
大正元(1912)年11月 初の下水道供用開始を告示
(下水道供用開始110周年の起算点)
広小路通での下水道創設工事の風景
大正元年11月、中区の伊勢山町など(東別院の西一帯)に下水道が完成し、初めて市民に利用されることとなり、その後も次々と下水道を利用できる区域が広がっていきました。
第1回の竣功告示を記載した名古屋市公報
上の写真は、「第1回の竣功告示(告示日は大正元年11月15日)」を掲載した名古屋市公報です。
大正12(1923)年3月 創設工事が完了
着工以来15年の歳月を費やし、大正12年3月、旧市域に属する大部分の地域に下水道施設が完成しました。これによって、普及区域内の水はけも良くなり、土地を清潔に保つことができるようになりました。
しかし、当時の下水道は現在の下水道と異なり、処理場がなく、集められた下水は、そのまま堀川や新堀川に流されていました。
下の写真は、本市初の下水道施設として、大正11(1922)年6月に工事着手し大正12年3月に完成した熱田抽水場(現在の熱田ポンプ所)です。
建設中の熱田抽水場
完成した熱田抽水場
熱田抽水場のポンプ室
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昭和(下水道)
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大正(水道)
(下水道供用開始110周年の起算点)
広小路通での下水道創設工事の風景
大正元年11月、中区の伊勢山町など(東別院の西一帯)に下水道が完成し、初めて市民に利用されることとなり、その後も次々と下水道を利用できる区域が広がっていきました。
第1回の竣功告示を記載した名古屋市公報
上の写真は、「第1回の竣功告示(告示日は大正元年11月15日)」を掲載した名古屋市公報です。
大正12(1923)年3月 創設工事が完了
着工以来15年の歳月を費やし、大正12年3月、旧市域に属する大部分の地域に下水道施設が完成しました。これによって、普及区域内の水はけも良くなり、土地を清潔に保つことができるようになりました。
しかし、当時の下水道は現在の下水道と異なり、処理場がなく、集められた下水は、そのまま堀川や新堀川に流されていました。
下の写真は、本市初の下水道施設として、大正11(1922)年6月に工事着手し大正12年3月に完成した熱田抽水場(現在の熱田ポンプ所)です。
建設中の熱田抽水場
完成した熱田抽水場
熱田抽水場のポンプ室
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