名古屋市上下水道局

大正(水道)

大正3(1914)年3月 創設工事の主要部分の完成

水道創設工事の風景
配水管布設工事(現在の栄二丁目付近)

創設工事の起工式
創設工事の起工式(犬山市の針綱神社境内)

鍋屋上野浄水場の第1ポンプ所
鍋屋上野浄水場第一ポンプ所

創設工事の目論見書によると、給水区域は名古屋市(旧熱田町及び小碓村を除く)、1人1日の最大給水量は4立方尺(111リットル)、現在人口(明治39年度末)30万7,624人に対する計画給水人口は46万人(ただし、送水線路のうち隧道、暗渠、開渠は100万人分)でした。

水道創設工事は、大正3年にその主要部分が完成しました。
下の写真は、大正3年9月の給水開始に先立ち、市内武平町の日清戦争戦没者記念碑前で行なった、消火栓からの放射試験の風景です。

消火栓からの放射試験の風景
放射試験風景

大正3(1914)年4月 水道給水条例・水道市外給水条例公布

大正3(1914)年9月 水道給水開始
(水道給水開始100周年の起算点)

竣工式の様子
竣工式の様子

本市の水道給水の歴史は、鍋屋上野浄水場からの給水開始で幕をあけました。
上の写真は、大正3年11月に東山配水池構内において挙行された竣工式の様子です。
招待された来賓は、内務省、愛知県、その他各界代表など1,700余名を数えました。

大正9(1920)年4月 水道料金の計量制を全面的採用

節水を呼びかけるポスター
節水宣言の広告

水道の利便が市民に認識されるにつれ、給水能力に迫るほど使用量が高まりました。
水量調整の対策として、一部に限られていた計量制を全面的に採用することとしました。

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